人材紹介事業立ち上げ時の悩みについて、人材紹介未経験者(参考記事:2020年6月15日)と経験者では異なる。今回は人材紹介事業の経験者の場合について書く。
人材紹介経験者と未経験者との違いは、経験者にはすでに注力している業界があり、顧客リストを有していることだ。まだ経験年数が浅い経験者の場合、注力する業界が絞り切れていなかったり、固定した顧客リストを持っていない場合はあるかもしれない。しかし、経験者の顧客リストの構成を見れば、注力している、もしくは注力しようとしている業界の傾向がみてとれる。未経験者と経験者の大きな違いは、ここにある。
注力している業界があり、顧客リストがあることは有利なはずだが、これが事業立ち上げ時の悩みになることがある。なぜなら経験者が独立するときは、それまで勤めていた会社を辞める必要があるからだ。つまり、独立して人材紹介事業を立ち上げる時、最初に悩むことは、前職の顧客をどうするかである。前職の会社で担当していた顧客は、独立後に最も売り上げを上げやすい顧客である。しかし、前職に配慮して、実績のある顧客企業の求人案件に取り組むことに躊躇する人は少なくない。
人材紹介会社によっては、秘密保持の観点から、従業員が退職後、自社の顧客にアプローチすることを禁ずる同意書に署名させている。アプローチを禁ずる期間に期限を設けている場合とそうでない場合もある。期限を設けるとは、たとえば「退社後の6カ月間は顧客へのアプローチを禁ずる」という具合である。期限を設けているのは、同意を順守させるための現実的な方策であり、元従業員にとって「その期間内なら我慢できる」というように、心理的な圧力をかけることが目的である。一方、期限を設けていない場合、それは永遠にアプローチしてはけないという同意書であるようにとれるが、実際は現実性が乏しく、あまり相手からは守られていないのではないだろうか。
一方、顧客情報や求職者の情報を企業のデータベースからダウンロードしたという証拠をもって辞める社員を解雇し、その社員の最終月の給料や支払うべきボーナスを差し押さえたり、退職金を払わないという会社がある。この場合、解雇要因として認められる場合もあるかもしれない。ただし、それが直接、休養等を支払わないことを認めるかと言えば、その意味での立証は難しいかもしれない。まして、辞めた社員が以前担当していた顧客にアプローチしたから、支払うべき休養等を払わないということになれば、むしろ元従業員から会社が訴えられて敗訴する可能性も高くなる。
モラルの有無に関する議論は、ここではあえて触れることはやめておく。モラルは他人に決められることではなく、個人で判断すべきことだからだ。とはいえ、会社を辞めた直後に以前の顧客にアプローチするのは、しばらく控えておくという人も多いことだろう。
以上の通り、人材紹介事業の経験者が独立するとき、自分が付き合いのある顧客とのその後の付き合い方に悩む人は少なくないはずだ。顧客からすれば、信頼していた人材コンサルタントとの付き合いを、本人が以前の会社を辞めた後も続けたいと思う会社も少なくはないだろう。
似たようなことは、一般の企業でも、よく起きている。会社と退職する従業員との間で発生するトラブルである。具体的には、競合他社への転職を禁ずる同意書に会社が従業員に署名させるケースである。この手の同意書が、従業員を心理的に縛り、一定の効果を発揮していることは否めない。しかし、転職先を制限する権限は企業にはなく、誰にも職業選択の自由がある以上、こうした同意書が法的な効力を持つことはない。
最後に、以上で指摘した悩みが、あまり当てはまらない人材紹介の経験者もいることを指摘しておきたい。それは一度人材紹介の仕事から離れて、別の仕事をしばらくした後に人材紹介業界に戻る場合だ。
ただ、これも本質は同じである。どの程度の時間が経過すればいいのか、これもはっきりした目安があるわけではない。ただ、時間が経過したというだけで、結局、以前付き合いのあった顧客にアプローチするならば、それは退社直後にアプローチすることと、それほど大きな違いはないのかもしれない。
本件は、いろいろ意見は分かれるところだろう。求人企業や求職者から信頼されることで人材紹介事業は成り立っている。つまり、人材紹介会社を辞めた授業員が、辞めた直後に以前の顧客にアプローチしたからと言って、顧客に喜ばれたとしたら、そこには新たなビジネスが生まれるだけである。どんな場合でも、企業は常に努力をして他社との競争に負けぬように、良いサービスを提供していくしかないのではないだろうか。
大事なことは、顧客から信頼されることである。